速さと高さは…


 それはあの彷徨いから半年ほど経った頃だったと思う。

 多少はB3(クラス2-3)にも慣れたものの、やはりまだムヅカシクて(ヘタとも言う)、 ヒーコラ言っていた。でも、好きなグライダーだった。憬れの機体だったし、 上限近くで乗っていたこともあるが、速いしキュンキュン曲がる。 それに何と言っても苦楽をともにしたし…
 が、イントラはちゃんと見ていた。いつまで経っても上達しない自分を… コイツにはやっぱりB3は早かったと悟ったのかもしれない。 ちょうど別メーカー(USボアル)のグライダーを扱い始めた頃で、 そのメーカーのハリケーン(クラス2)という機体の試乗を勧めてきた。
 う〜んと唸る。だいたいもう夕方だし、風もかなり落ちてしまっている。 だが、「テークオフまで車で運びますから」とまで言われる。 こんなこと言うことは滅多にない、というか始めて聴いた。 周り(の野次馬達)からも「おぉ、特別待遇。こりゃ乗らなきゃ…」
 迷ったがちょっと興味もあったし「じゃ、ちょっとだけ…」などと(たぶん)言いながら、 とりあえず試乗してみることにした。何度か立ち上げてみてから (このときの立ち上げの感触はもう覚えていない)、 テークオフに車で上げてもらう。
 風はだいぶ落ちてしまっている。ブローでも3mもない。 これではリッジは取れないのでは… でも△△イントラから「コイツならいけますよ」と言われる。
 「ブレークは肩よりゼッタイに引かないように…」と注意を受ける。 が、何を聴き間違えたか「…風ないからな…肩より上げないようにしよう…」
 (↑とってもキケン。イントラの話は良く聞くこと)
 さて、テークオフに機体を広げる。もう誰も飛んでない。 イントラと二人のマンツーマン、かなり贅沢である。セッティングして立ち上げる。 が、風も落ちてるのに意外な揚力の大きさに驚く。 傾いてしまったので、すぐに降ろす。△△イントラが 「ね、バカにしたもんじゃないでしょ。」 「ん〜、これは意外とおもしろいかも…」 機体を広げ直し、もう一度立ち上げる。今度はうまくいき、無事テークオフ。 風はさらに落ちてしまっていて、斜面ぎりぎりを這うように飛ぶ。 なんとかレベルキープしてる。これってけっこういいかも…
 ただ、ターンはちょっとトロイ感じがする。何度目かのターンのとき 「う〜ん、まがんねぇな、こいつ…」とさらに曲げようとしたら…
 「へっ?止まった?」異様な感覚を覚えた瞬間、△△イントラの緊迫した無線が 「バンザイ!」と叫ぶ…「バン」ぐらいのところでバンザイをして上を見上げる。 そこには翼の前と後ろがひっつきそうになって異様に細くなったキャノピーが…
 バンザイはしたものの、翼は回復の兆しを見せずそのまま下の藪にドンッ… 幸いというかなんというか、5〜10mくらいで済んだが… 落ちるまで何秒もかかってないのだろうけど、けっこう秒数があるように感じた。 そのとき何が走馬灯のように脳裏を駆け巡ったかは記憶にないが、 悔しさと後悔の念があったのは間違いない。
 さて落ちたのは藪だったが、けっこうキタ…「シ・ャ・ベ・レ・ナ・イ…」 でも、とりあえずは無線を入れる。絞るようにしてしゃべる。 なにをしゃべったかは定かではない。(チ・ョ・ッ・ト・マ・ッ・テ…だった気もする) そんななか考えたのは 「やっちまったか、圧迫大丈夫だろうか、しばらく飛べなくなるかな…」
 少しして落ち着いてきたので立ってみる。 まぁ、何とか動ける。キャノピーまとめて藪の中を歩経路に向かい歩く。 でも、大丈夫そうではあるがピンピンしてるわけではない。 そんなに「こっち、こっち」言われても…(ToT)

 しばらく後で聞いたのだが、先輩のお言葉でこんなのがあった。
 「速さと高さは命の保険」

 正対する風が弱いとグライダーは不安定になり易いです。 失速点も上がるし、スピードがないと回復もしにくくなります。 風の弱いときに押さえて飛ぶのは危険です。

 スピードをある程度保てば失速の危険は少ないし、潰れからも回復しやすいです。 また、高さがあれば回復までの時間を稼げるし、 万一のときにレスキューの有効高度を確保できます。 (高さを稼げるかは状況によりますが)
 速さと高さは命の保険 …なかなか味のある言葉です。

 歩経路に出てから△△イントラに合う。 △△イントラは「飛んで戻りますか?」とのたまう。 「…いや、歩いて戻ります…」と答え、とぼとぼと歩く。 クラブハウスに戻ると入り口で○○さんが「だいじょうぶ?」と声をかけてくれる。 思わずおどけて「…イタタタ…」と言ってしまった。 眼が驚いたのを感じ「あ、じょうだん…」と訂正。 しかし、「もう、飛ばせないわよ」「冗談になんねぇ」…非難ごうごう… でも、少し痛いのは事実だった。
 (↑このようなときに冗談は通じない)
 さて、クラブハウスで少し休んで、なぜか商談が始まる…
 確かに立ち上げ楽だし、揚力は負けてないし、飛ぶのも楽…遅いけど。 落ちたのも操作ミスでグライダーのせいではない。でも、B3にも未練がある。 けっこう迷ったが、けっきょくは買い替えを決めてしまった。
 翌日は念のため病院に行き、レントゲンを撮る。 「だいじょうぶだぴょん」という結果を期待していたが、 「ん〜、大丈夫そうなんだけど、ここんとこがちょっと引っかかるんだよな…」 などと言って不安を煽る。「大事とって、コルセットしときましょうか。 しばらくは無理しないようにしてください。」とのご宣託。 これではとても「飛んでいい?」とは聞けなかった…(ToT)
 けっきょく1ヶ月ほどは自粛した。 ただ、その後(失速して落ちた後遺症か)しばらくは 「ブレーク引けない病」にかかっていた。 やはり引くべきときには引かないとうまくは飛べない。 それが治ったときには既に次の機体が用意されていた…


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