山伏峠、私の彷徨(本編)


 序章からの続きです。

 風はけっこう強めで、山に近づけばホバリングもできるくらい。 一応飛ばされないよう少し山から離れ、8の字でリッジを取っていた。 どのくらい飛んでからかは忘れたが、翼が風に対して横を向いたとき、 右翼の先端がちょこっと捲れた。ほっといてもいいくらいとは思ったが、 「一応直しとこう。練習だ。」などと考え、そのまま流しつつ右を煽ってみる。 でも、直らない。「もう一度、エイ。」
 (↑翼を風に向けずにやっても効果は薄い)
 「あれ…」なんか翼を煽ったせいで、少しピッチングを起こしたような…
 押さえようとするが「あれ、あれれ…」なんかかえって大きくなってるような…
 後で聞いた話では、ピッチングは起こしてるとは思えないくらい小さなものだったらしい。 でも、そのときはけっこう大きく感じ、少しパニくってた。 たぶん、前夜のこともあり、疲れていてそう感じたのだろうとのことだった。
 (↑疲れているときに飛んではいけない)
 無線がなんか言ってるがよく聞き取れない。 「いま、忙しいんじゃい…」と心の中で呟きながら、 まだ上を見上げてピッチングを押さえようとする。
 (↑上を見上げても翼は直らない)
 だが次の無線はよく聞き取れた…「B3の方〜、何処行くんですか〜(ほぼ絶叫)」… 「ハッ、シマッタ〜」我にかえり周りを見れば、機体は既にリッジ帯を外れ (こんな風のあるときにはゼッタイ行ってはならぬ)吹きぬけ帯に突入している。
 (↑周囲警戒、位置確認を怠ってはいけない)
 なんとか機体を風に向けようとしたが、流されるばかりでもう尾根を越えそうだ… こうなったら、尾根越えしてからどこかに降ろそう…
 (↑あきらめてはいけない)
 翼を風下に向けるとあっちゅう間に尾根を越える。 ローターが恐かったので山から離れ、何処に降ろそうか考える。 道路は…やっぱりまずいよな… (当日は雪のため伊豆スカは閉鎖されていたが、このときは忘れていた)
 どっか降りれそうなとこはないか必死こいて探す。その間も当然機体は飛び続ける。 無線は必死に呼び続けるが、応える余裕などない。 どこかどこかと探すが、木が多くてなかなか降りられそうなところがない。 だが、少しだけ小高くなっていて藪のようなとこを発見。 そこにめがけて、なるべくフォローにならにようにと回り込みながら突っ込む。
 幸いケガもなく、なにはともあれ無線を入れる。 が、向こうの無線は取れるが、こちらの無線は届かないようだ。 山越えで自分の持ってる無線機では届かない…どうしたものかと思っているとき、 他のメンバーが中継してくれた。(その節はありがとうございました)
 とりあえずケガのないことを伝えてもらい、グライダーの回収に取りかかる。 が、藪(2mくらい)に紛れて背の低い木(やっぱ2mくらい)がけっこうあり、 キャノピーやらラインやらがけっこう引っかかってる。 回収には時間がかかりそうだった。
 ○○イントラと△△イントラも道路まで駆けつけてきてくれ、位置確認をしてもらう。 近くはないが、めちゃ遠いわけでもないように思えた。 しかし、時刻は(記憶によれば)午後3時を過ぎており、急がねば日が暮れてしまう。 だが、グライダーの回収に30分以上かかってしまった。
 やっとこさ回収を終えたが、畳める場所があるわけはないし、 デカバッグも持っていなかった。ザックに入れようとするが入らない。 あきらめてできるるだけ窄めて行くことにした。
 (↑布なんだから押し込めば入る)
 (↑でも、デカバッグは必需品)
 とりあえず太陽に向かって進めと云われ、歩き始める。 が、藪が深い。密集しており、おまけに木も多く、なかなか前に進めない。 それに進むにつれ、藪の高さはさらに増し、木も太く高くなってくる。 時間はどんどん経つが遅々として前に進まない。 グライダーが邪魔だ、置いていきたい。 そんな気持ちを察してか「グライダーは必ず持ち帰ってくださいね」と無線が入る。 グライダーを盾にするようにして藪の中を強引に押し進む。 (かわいそうなグライダー、もうぐちゃぐちゃ…)
 もう、疲労困憊、ときどき休む。周りにはたくさん雪が残っており口にほおばる。 このときの雪の美味さは忘れられない… しかし、休んでばかりもいられない、もうすぐ陽が沈む… 周りはかなり薄暗くなりつつあるが、道に出る気配はない。 でも、無線で○○、△△イントラが「もうすぐですよ〜、がんばって〜」と励ましてくれる。 かなり泣きが入り始めているが、自分のせいなのでどうしようもない。 とにもかくにも前に進むしかない。
 どのくらい時間がたっただろうか、日は暮れてしまい、周りはぼんやりとしか見えない。 ○○、△△イントラが、車のライトを照らし「こっちですよ〜」と叫んでくれる。 ときおりほんのりと光が見え、それを頼りに歩く。
 途中、身体が動かなくなった。前に進もうとするとぐんっと戻される。 何事かと後ろを見ると…いつのまにかレスキューのトグルが外れ、 うっすらぼんやりと白いラインが後ろに伸びてる…(ToT)
 真っ暗で周りは藪と木と雪、何処が出口か判らない… 「山伏峠、死の彷徨い」そんなパクリのフレーズが頭をよぎる。 もう、泣き出したくなったが、泣いてはいられない。 木に挟まったレスキューを回収、ハーネスに押し込める。 (ちなみに私のレスキューは一度も使ってないけど誰のものより汚い…) 涙の代わりに雪をほおばり前に進む。
 さて、やっとこさ○○、△△イントラの声も近くなり、 車のライトもチラチラと見えるようになってきた。 でも、あたりは真っ暗。藪の高さは4mくらいにはなっていた。
 最後は右に左に方向感覚は完全に失われていたが、なんとか生還を果たす。 しかし、時刻は既に午後8時を回っていた。 彷徨うこと4時間以上、疲労はピークに達していた。 全身汗でグショグショ、しかし、あんなに雪を食べたのに喉はカラカラ… △△イントラのくれたポカリ(だったかな)がむしょうに美味かった。
 クラブハウスに戻ると、男性スタッフは全員残っていた… 自分のために大変な迷惑かけてしまった…申し訳ない。 特に4時間以上も外で励ましてくれた○○、△△イントラ、 ごめんなさい、そしてありがとうございました。
 しばらく休んでから帰途に着く。 「どこか泊まれれば泊まって明日帰ったほうがいいですよ」と云われたが、 帰れるとこまではと車を出す。 途中、温泉に間に合ったので入るが、かなり疲れているのをあらためて自覚する。 家には無事に帰りついたが、翌日はとうてい起きる気にはなれず、会社を休んでしまった…

最後に、
 グライダーは「どうやったらこうなるんだ」ぐらいにびちょびちょぐちゃぐちゃで クラブハウスに預けた。 翌週行ったときには飛べるようになっていたが、つくづく不幸なグライダーである。
 (↑グライダーは持ち主を選べない…)

 この項はこれで終了します。


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